精神障害者の雇用義務化へ 厚労省方針、社会進出促す

朝日新聞 2012年6月14日の記事だ。

内容は、厚労省は、精神障害者の雇用を企業(経営者)に義務付ける。いままで、障害者雇用促進法での障害者の定義は、身体障害者、知的障害者だった。これに、うつや、統合失調症などの精神障害者を加えるというものだけど、ほんとうにそれでいいのだろうか?

ぼくは障害者手帳を持っている。正確には、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第45条保険福祉手帳だ。障害等級は1級から、今は2級になった。

それがどういう意味か、健常者にはわからないと思うが、障害等級1級とは、完全に廃人だ。普通に、食事をすることも、眠ることもできない。本当の廃人だ。

障害等級2級でも、とても仕事なんてできるはずもない。

そんなレベルの人間が、精神障害者と認定されるわけだが、そんな人間を、仕事にどう使おうというのか?そもそも会社まで行くことすら不可能だ。

それとももっとかる〜い感じの、なんか、欝っぽいのぉ〜みたいなぁ感じの人を、精神障害者という定義に新たにするつもりだろうか?

正直、役人はバカじゃないだろうか?精神障害者に必要なことは、まず、病気を悪化させずに、回復に向かわせる環境と、生活保障だ。

仕事くれる、そりゃ有難いなんていうと思うのだろうか?

所詮は、健常者には、最も外見からは解りにくい、精神障害者を理解して、政策を立案することも、ましてや、精神障害者を雇用なんてできるはずもない。現実的に不可能な、ただの、社会福祉やってます的な政策は、作るだけ無駄だと思う。


劇場版「ピアノの森」

原作はモーニングに連載されているマンガ。
天才的なピアノの才能をもった少年、一ノ瀬海(カイ)の成長の物語。

設定上、カイはすごく個性的でパワフルな演奏をすることになっている。果たして実際に音を出したときに、カイの個性を表現することが出来るのだろうか? と思っていたのだが、劇場版の演奏は素晴らしい出来で震えが来た。

物語終盤、ピアノコンクールに出場する場面。課題曲はモーツァルトのピアノソナタK.310。

カイは緊張のため、出だしはなかなか自分自身の演奏が出来ず、師である阿字野と同じようなアレンジで弾いてしまう。それはそれで非常に軽快で、モーツァルトらしさが伝わってくる軽妙なタッチ。審査員達も「この子、上手いじゃない」と、無名のカイには全く期待していなかったが思わず嘆息をもらす。

だがその演奏はカイ自身を十分に表現した演奏とは言えない。

演奏後半、カイはネクタイと靴を脱ぎ捨て、自分自身の演奏を始める。そのダイナミックな演奏に、審査員達は「こんなのモーツァルトじゃない!」と言うが、観客達は沸きに沸き、スタンディングオベーションを送る。

このピアノソナタK.310の演奏、阿字野モードだった前半も、カイモードに切り替わった後半も素晴らしいものだった。前半は、一般に知られるモーツァルトのイメージそのものの飄軽さで、モーツァルトのお手本と言える感触だった。

一転する後半は、とても個性的でダイナミック。確かにこれを聴いてモーツァルトだと思う人はほとんど居ないだろう。だがイイ。

実に素晴らしい演奏だった。カイのピアノを実現することは出来ないのではと思っていたのが、あっさりと吹き飛ばされた。ピアノがこれほど個性的な楽器だとは、世の中大したピアニストがいるものだ。

そしてエンディングのスタッフロール。ピアノ演奏者の名前には、ウラディミール・アシュケナージ。なんかどっかで聞いたような名前。


と思って調べてみたら、ショパンコンクールで2位、チャイコフスキーコンクールで優勝した超大物だった( ̄▽ ̄
すんごいですねぇ、アニメの映画の音入れにそんな大物を呼んじゃうとは☆

ピアノっては、鍵盤を押せば一定の音が出るようになっているから、フレットすらないヴァイオリンとかに比べたらあまり個性は出ない楽器かと思っていたが、弾く人が弾けば、こうも個性的で情感豊かな音が出るものなのだなと畏れ入った。音楽の道は深いですな〜

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